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生写朝顔話 浜松の段 〜浄瑠璃本文〜

2009年07月05日
ウタ 思ふこと、ままならぬこそ浮世とは、誰が古(いにしへ)の詫(かこち)言。今は我身の上に降る、涙の雨の晴れ間なく、哀れや深雪は数々の、憂さ重りて目かいさへ、泣きつぶしたる盲目の、カと頼む物とては、わづかに細き竹の杖、あるにかひなき玉の緒の、切れも果てざる三味の糸、露命(ろめい)をつなぐよすがにと、背に結ひ懸けしをしをと、心の闇路たどりくる。あとに大勢里童、てん手(で)に竹きれ振廻し、「アレアレ朝顔の乞食目くら、叩け叩け、打てよ打てよ」と取廻す。「アヽコレコレ目の見えぬ者を其様にせぬものぢやはいな。どれもどれもよいお子様や、今度よい物があったら上げうぞえ」「エヽいやじゃわい。乞食に誰が物貰ふもんで、ナア次郎坊」「ヲヽさうぢゃさうじゃ。あたぎたない乞食の物貰ふものかい。そんなことぬかしたら、コリャかうぢゃ」と惣々が、竹で打つやら石打つやら、育も下司の腕白ども、寄ってかかつてさいなまれ、「アヽコレコレ、もう再びいやしませぬ。こらへて下され誤った」と、土にひれ伏し詫びければ、「ヲヽ泣いて誤るなら堪忍してやろ。サア皆こい、いつもの土手で芝居ごと、五郎よ、次郎よ」と呼連れて、道草しながら走り行く。跡に深雪はわっと泣き、「エヽ浅ましや情なや、誰あらう岸戸の家老秋月弓之助が娘ともいはれし身が、いかに落ちぶれたればとて、筋目もない里の子に、乞食よ非人と打叩かれ、誤りましたは何事」と、身を抱しめてどうと伏し、かこち涙ぞいぢらしき。

順礼歌 あら尊(たふと)、導きたまへ観音寺。遠き国よりはるばると、乳人浅香は浅からぬ、欺きも身にぞ笈摺(おいずる)の、深雪の行方尋ねんと、思ひ立ったる巡礼も、辛苦憂き身のやつれ笠、露の舎(やどり)も取りかねて、杖をカに歩みより、「コレコレ女中、卒爾ながらチトお尋ね申したい」と、音なふ声に泣顔隠し、「ヲヽコレハマアコレハマアどなた様かは存じませぬが、私は目界の見えぬ者、ガ、マア何ごとのお尋ねぞ」と、いふ物ごしのつまはづれ、どうやら尋ぬるその人に似たと思へど形かたち、是は非人殊に盲目、心の迷ひと思ひ返し、「ホヽヽヽ、ヲヽわしとした事が々鹿相(そそう)な。目界の見えぬ人に問ふことは異な物なれど、もしこの街道を年の頃は十六七、媚容(みめかたち)人に勝れ、やしき育ちの大振柚、供をも連れず只一人、通られし様子をば、もし聞きはなされぬか」と、いふに正(まさ)しくわが身の上と、胸騒ぎしが待て暫し、世の中に、似た声の人似た事の、無きにあらずと思ひ返し、「ヲヽそれはマア笑止な事や。往来も繁きこの街道、女中の一人旅は幾人といふ限りなし。左様にお尋ねなされては、なかなか知れう様もなし。ガ、マア国はいづく、名はなんと申しますえ」「サレバイノ、国は芸州福岡、名は深雪様」といふは彌(いよいよ)乳母浅香、ヤレなつかしやと云ひたさも、落ちぶれ果てし今の身を、我と名乗るも面伏(おもてぶせ)、殊にそれぞと云ふならば、連れていなれて父母に、どの顔下げてまみゆべき。罪深き事ながら、偽りすかして帰へさんと、猶しも声をくろまして、「ヲヽ成程、たしかにそんな噂も聞きたれど、その女中は国を出てより様々の憂き目に逢ひ、漸(やうやう)のがれ此辺までは来られしが、どうしたことか四五日前に、渕川へ身を投げて、死なしやんしたと人の噂。たとへどの様に尋ねても、もう逢ふ事はなりますまい」と、聞いて浅香は、「ヤアヤアヤア、何其女中は身を投げて」ハア、はつとばかりに身を打伏し、前後正体泣き居たる。深雪もともに悲しさの、涙かくして傍に寄り、「コレ申し女中様、悲しいはお道理ながら、老少不定の世の習ひ、定りごとと諦めて、早う国へお帰りなされ、跡弔うてお上げなさるが佛の為。海山かけし長の旅、随分怪我のないやうに」と、いひつヽ立つてかけ小屋へ、さぐりさぐりて入あひの、鐘に哀を添へにける。跡に浅香はうつとりと、涙ながらの一人言、「エヽコレ申し、聞えませぬぞえ深雪様。家出なされしその時も、一言明して下さったら、仕様もやうも有らうもの。アヽおいとしや奥様は、お前のことを苦に病んで、明けても暮れても泣いてぱかり、果ては重き病ひの床、死ぬる今はの際までも、どうぞ尋ねて連帰り、せめて位牌に無事な顔を、逢はしてくれよと私への遺言。夫故忌(いみ)の明くをもまたず、国々廻る巡礼も、おまへに逢はうばかりぢやに、なぜ死んでは下さんした。わしゃお位牌へ言訳を、何とせうぞ」と身をもだえ、恨むる人は目の前に、ありともしらぬくどき泣。聞くに深雪は身も世もあられず、袖をかみしめ耳をおさへ、泣声立てじと喰ひしばり、こらへこらへし苦しさは、骨も砕くるばかりにて、泣くよりもなほつらかりし。

乱るる心押ししづめ、浅香は涙の顔をあげ、「アヽわれながら患痴のいたり、いつまでいうてもかへらぬ事。此上は善提のため、打残りたる札所(ふだしょ)を廻り、早う国へ帰りませう。さうぢやさうぢや」と立上り、小屋の戸口へかけ寄って、「イヤ申し女中様、いかいお世話でござりました。モウおさらば」とゆふ月に、別れを告げて行過ぎしが、何か心にうなづきて、木蔭に忍ぴ窺ふとも、知らぬ目しひの悲しさに、思はず小屋をまろび出で、乳母の行方はそなたぞと、見えぬながらに延上り、「コレイノコレ浅香、今云ふたは皆偽り、尋ぬる深雪はわしぢゃわいの。声を聞いたその時は、飛立つやうにあつたれどもな、あさましいあさましいこの形(なり)で、ドウマア、顔が合はされう。とはいひながらわしが身を、よくよく大事と思へばこそ、海山越えて憂き苦労、廻りあひは逢ひながら、胴欲にもよそよそしう、云うていなした心の内、マヽヽヽヽどの様にあらふぞいの。只何事もこれまでの、約東事と諦めて、コレ堪忍してたも、堪忍してたもや。取分けて悲しいは、是程不孝な此わしを、やつぱり子ぢやと思召し、身の徒(いたづら)を苦にやんで、お果てなされた母様の、死目にあはぬのみならず、御命日さへつゆ知らず、はかない事が、エヽマあろかいなう。思へば思へば浅ましや、親々の罰ばかりでも、目が潰れいで何とせう。赦してたべ」とばかりにて、こらへこらへし溜涙、わつと叫びて身をなげ伏し、前後正体なき沈む。立ち聞く浅香も忍びかね、わつと一声泣出せば、さてはそこにと深雪が驚き、こけつ転びつ逃行くを、縋り止めて声ふるはし、「コレマア、コレマア待って下さんせいなう。姿形はかはつても、一目にも見違へねども、名のりかけてもなかなかに、明さぬ気質と知った故、余所事(よそごと)にいひなして、木蔭に隠れて始終の様子、立聞きしたも尽きせぬ縁。さりながらこの年月骨身を砕き、やうやう尋ねあうたもの、心強ういなさうとは、そりゃ胴欲ぢゃ胴欲ぢや。エヽ聞えませぬわいな」「ヲ、その恨みは理(ことわり)ながら、今も今とていふとほり、身の徒(いたずら)でこのやうに、落ちぶれ果てし形かたち、どうマアそれと名乗られう。わしが心の悲しさを、思ひやつてかんならず、叱つてたもるな誤った」と、縋り欺けば、「ヲヽ何のマア叱りませう。たとへどのやうにお成りなされても、廻り逢うたがわしや嬉しい。とはいふものの是は又、あんまりな落ちぶれやう、日頃の辛苦が思ひやられて、わしゃわしゃこの胸が裂けるやうにござりますわいなう。

シタガコレ、お気遣なされますな、私が産の親古部三郎兵衛(ふるべさぶろべえ)といふ人、小夜の中山のほとりにながらへて居さんすとの事。肌身放さぬ守刀、それを証拠に廻り逢ひ、阿曽次郎様の有所(ありか)を尋ね、きっとお逢はせ申しませう。ガ、なにをいうてもここは街道、宿ある方へ急がん」と、泣入る深雪をいたはりて、立上がる折こそあれ、夜道ほかほか輪抜吉兵衛、よい事がなと蚤とり眼、二人がそぶり物ぐさしと、傍へ立寄り提灯の、火影に深雪が顔打眺め、「ヨウ、わりやいつぞや摩耶の婆に、百両で値を極めた娘、いつの間に乱れてかくれにはなりをつたぞい。しかし医者にかけたら治らぬこともあるまい。何分元手いらずの勝負物、ドレ拾うてやろ」と手を取るを、浅香は引退け気色をかへ、「ヤア女と思ひ、慮外しやると許しはせじ」と杖押取り、仕込みし刀抜きかくる、其手を押へて、「ムヽハヽハヽヽヽ、こりゃやい、輪抜吉兵衛というてな、日本国を股にかける人買商売、鰹かきひねくり廻りしても、びくともする男ぢやないは。ぼろその下った乱れせうより、売られて絹のべべ着い」と、てふける詞。聞きかねて「イヤ推参なかどはかし、見事売るなら売って見や」と、抜放して切込む刀、さしつたちと身をかはし、もう百年目と輪抜も、同じく旅差抜放し、「観念せよ」と切結ぶ。深雪はあせれど盲目の、何とせん方並木原、二人は打合ふ月明り、ここを詮(せん)とぞ挑みあふ。

いかがはしけん輪抜が、石に躓き真逆様、転ぶを得たりと起しも立てず、肩背も判らぬ滅多切、さしもの悪者七転八倒、のた打ち廻つて死したるは、心地よくこそ見えにけり。浅香はしっか止めの刀、「サアサア嬉しや深雪様、悪者はしとめました」と、いふ内よりも心のたるみ、そのままそこに倒れ伏す。深雪はこはごは探りおり、「ヤアヤアヤア、そなたも手疵負やつたか、なう悲しや」と抱きかかへ、「浅香いなう、浅香いなう」と、声を限りに呼生くれば、息吹きかへし目を開き、「ヲヽ深雪様、お身に怪我はなかりしか」「イヤイヤわしは何ともせぬが、そなたの手疵が気遣ひな、気をたしかに持つてたも」と取付き欺けば、「アヽコレ声が高い。わたしはほんのかすり手、気遣ふことはござりませぬ。ガ、もしもの事があった時は、最前申した古部三郎兵衛といふ人に、此守を証拠に廻りあひ、今宵の訳をおはなしあつて、何かの事をお頼あれ、必ずお忘れ遊ばすナ。ヤ、誰も見ぬうちサアお出」と、刀を納め深雪が背(せな)に、負はすも涙ふる三味の、いつかむかしにかへらう尾(び)、いとどもつるる心をば、てんじかへても手疵の痛み、盲目ならぬ我身さへ、杖を力に立上り、女心も張りつめし、弓張月の夜半(よは)の鐘、つくす忠義の一筋道、伴ひてこそ急ぎ行く。
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